ピアノを上達させるには、演奏(アウトプット)を支える楽譜の深い理解(インプット)が欠かせません。前回は、この「分からない」の壁を越える土台として音楽理論の重要性についてお伝えしました。
しかし、理論を知っているだけでは、十分とは言えません。多くの人が芸術や文化に対して「難しそう」と感じ、楽譜を前に迷子になってしまうのは、心が動く体験が少ないことも一因ではないかと思います。
その結果、理解(インプット)から自然と遠ざかり、目に見えやすいテクニックの練習(アウトプット)に偏ってしまう傾向があるのではないでしょうか。
芸術においては、「知りたい」「学びたい」と感じるきっかけこそが、学びの原動力になります。
そしてそのきっかけには、心が動く体験があるのだと私は感じています。
今回は、日常の中でそのような体験を増やし、「もっと学びたい」という気持ちにつなげていくためのヒントをお届けします。
💡学びの動機には、6つのタイプがある?
人が何かを学ぼうとするとき、その原動力にはいろいろなパターンがあるように思います。そこで、私が日々の経験から感じた6つの傾向をご紹介したいと思います。
① 好奇心旺盛タイプ
知りたいという純粋な好奇心が原動力になっていて、学ぶことがまったく苦にならないタイプ。他人からの評価には関心がなく、頭の中は「なぜ?」「もっと知りたい」でいっぱい。
個人的には、このタイプが最も強い学習者だと思っています。
② 努力そのものが好きなタイプ
努力することや、それによって自分が成長することが喜びであり、 明確な目的がなくても、努力そのものを楽しめるタイプ。
③目的達成型タイプ
「こうなりたい」「これを達成したい」といった明確なゴールがあれば、そこから逆算して計画的に行動できるタイプ。反面、目的がはっきりしていないと、なかなか動き出せない傾向もあります。
④承認・評価重視タイプ
「認められたい」「褒められたい」といった他者からの評価がモチベーションの中心になるタイプ。たとえば、先生や親に褒められることを励みに努力するケースもこれに当たります。
⑤義務感タイプ
自分に課した約束を守るため、楽しくなくても努力を続けるタイプ。責任感が強く、真面目に取り組む傾向があります。
⑥ネガティブ動機型タイプ
「怒られたくない」「失敗して恥をかきたくない」といった、不快な結果を避けたい気持ちが原動力となるタイプ。気持ちが重くなりやすいため、努力を継続するのが難しいこともあります。
私は心理学の専門家ではありませんが、人と接する中で「なぜ頑張れる人とそうでない人がいるのか」「その背景には何があるのか」を考えるうちに、こうした傾向が見えてくるようになりました。
もちろん、どのタイプが良い・悪いということはなく、多くの人は複数の動機を持っているものだと思います。ただ、動機の「質」が高いほど、学びが継続しやすく、それによって人生もより豊かに感じられるのではないでしょうか。
タイプ①の人は放っておいても知識を吸収できますが、②から⑥の人こそ、芸術文化を「楽しい」と感じるきっかけが必要だと思います。
私自身、子どもの頃は⑥のネガティブ動機型でした。「怒られないように」と思いながらピアノに向かっていた記憶があります。
それが、さまざまな出会いや学びを通じて、徐々に③の目的達成型へと変わっていきました。
🌱興味の糸をたぐる
このように、自分の動機の傾向を知ることも大切ですが、それ以上に大切なのが、「興味の糸をたぐること」だと思います。
最初はよくわからなくても、たくさんの芸術体験を重ねるうちに、少しずつ「自分の好き」や「心が動く瞬間」に出会えるようになります。
たとえば、好きな俳優がいるなら、その人の出演作品を観てみる。気に入った作品があれば、その監督や脚本家の他の作品にも興味が湧いてきます。さらに共演していた俳優の演技に心を動かされて、いつの間にかその人のファンになっていた、というようなこともあると思います。
その俳優がエッセイなどで紹介していた映画や本を読んでみると、そこからまた新たな世界が広がります。こうして、興味の糸は少しずつつながっていくのだと思います。
音楽でも同じです。たとえば、気になるピアニストがいれば、ぜひその人の演奏会に足を運んでみてください。
生演奏には、その場でしか味わえない感動がありますし、心が動けば、もっとその人のことを知りたくなるはずです。
SNSやインタビューなどを通じて、その人の価値観や日常に触れていくと、新たな発見や興味が広がるかもしれません。
たとえば、お気に入りのピアニストが、ある旅先をとても気に入っていたと知れば、自分もその場所に行ってみたくなるかもしれません。 また、仲の良い他の楽器の共演者の演奏動画を観てみたら、その演奏に感動して、新たな楽器やジャンルに興味が湧いてくる。
さらに、その中でこれまで知らなかった作曲家の魅力に出会い、「もっと知りたい」と思うようになるかもしれません。
一つの「好き」や「気になる」から始まり、旅先や共演者、音楽のジャンル、作曲家へと、興味の糸は自然に広がっていきます。
そうして「面白いかも」と感じる機会が増えると、素敵な出会いが次の出会いを呼び、さらに素敵な場所へと導いてくれるように思います。
あえて「文化資本」という言葉を使うなら、私自身も、そうやって少しずつ文化資本を築いてきたのだと思います。
大切なのは、初めから難しいことに飛び込もうとしなくていいということです。
まずは、自分が少しでも「気になる」と感じるところから、興味の糸をたぐってみてください。それが、学びたい気持ちを育ててくれるのだと思います。